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3-5. 縦隔【画像診断随筆】

目次

縦隔の区分について

縦隔の話で、まずポイントとなるのが縦隔の区分である。縦隔に何か病変を認めた場合、最初に考えるのは『この病変は、前、中、後縦隔のどこに位置しているか』と言う点だと思う。縦隔の区分や、縦隔の領域ごとに好発する病変については、試験問題にしやすいせいか学生の頃から度々勉強する機会がある。しかし意外なことに、縦隔の区分は厳密に定義が決められているわけではなく、胸部X線時代とCT時代で変遷したり、外科や病理など立場の違いで微妙に異なる定義が使用されている。そのため、他の医師とディスカッションしていて縦隔病変の区分に疑問を感じることもあるかもしれないが、多様性を尊重して温かい目で見守ろう。ここでは、放射線科的に主流と考えられる『縦隔腫瘍取り扱い規約』に基づく区分について解説する。

規約の区分の特徴は、前、中、後の区分に加え、縦隔上部が存在する点である。これは甲状腺病変など頸部から進展してくる病変や、胸郭入口部の神経原性腫瘍などの評価に有用であるためである。因みに古典的な分類でのよく似た用語の『上縦隔』とは範囲が異なっており、混同しないように気をつけたい。

縦隔上部は、『左腕頭静脈が気管正中と交わる高さより上』という割と複雑な定義であり、是非胸部CTを見る際に位置を確認していただきたい。前縦隔は心、大血管および主要な肺動静脈分岐の前縁より前方、後縦隔は椎体前縁の1cm背側よりも後方、中縦隔はその中間と定義されている。イメージ上の前縦隔と比べ、実際の前縦隔はより後方に広がっている。主要な肺動静脈分岐の前縁というのは感覚的に中縦隔としてしまいたくなり、胸部X腺の側面で前縦隔の範囲を見ると、心臓の後方まで広がっているのがわかる。

縦隔病変の鑑別を考える際、大きく嚢胞性病変か充実性病変かにわけて考える。頻繁にみるものから稀なものまで、各区分ごとにかなり多くの鑑別を挙げることができる。学生や研修医時代、『縦隔腫瘍の4T』といって、胸腺腫、奇形腫、甲状腺腫、悪性リンパ腫の4つさえ挙げておけばよかったが、現実はもう少し複雑である。縦隔の嚢胞性病変と充実性病変について、文章で書くと大変なので後半で図にまとめる。

前、中、後縦隔についてはある程度由来組織が分かれているが、縦隔上部については甲状腺、胸腺、気管支、神経原性腫瘍など、由来組織がごちゃごちゃとなってしまう。縦隔の前方から後方までを含むためしょうがないが、縦隔上部に病変を認めた際は病変の局在から由来を考慮し、適切な鑑別を挙げたい。

胸腺

前、中、後縦隔と区分される中、最も鑑別が多様なのは前縦隔であり、中でも胸腺由来の腫瘍については重点的に理解しておく必要がある。胸腺はTリンパ球が成長するための組織であり、T細胞のTは胸腺(Thymus)のTである。胸腺内は成熟過程のリンパ球である胸腺細胞、上皮細胞、マクロファージと樹状細胞などから構成され、皮質と髄質に分かれている。未熟なT細胞は、上記の胸腺間質細胞の働きにより、主に自己寛容の機能を持つようになる。年齢によってサイズの増減があることが有名であり、幼少期には大きく、正常胸腺が胸部X線上でヨットの帆のように認められる(sail sign)。以降は加齢により萎縮を認める。10歳ごろから胸腺組織内に脂肪が混在し、chemical shiftで低信号を呈するようになる。20-30歳代では内部に霜降り状の軟部組織を認める程度で、一般的に女性の方が胸腺のサイズが大きく吸収値も高い傾向である。中年以降ではほぼ脂肪組織のみとなる。病理解剖の序盤で、胸郭を開けた際に胸腺らしき脂肪組織を切除するが、通常は脂肪の塊でしかなく、あまり胸腺を切除したという実感を得られた試しがない。

胸腺は様々な要因で過形成を来すことが知られており、真性胸腺過形成とリンパ濾胞性胸腺過形成に大別される。真性胸腺過形成には、化学療法、ステロイド療法、放射線療法、熱症、感染など、全身的なストレスにより胸腺は萎縮し、その後のリバウンド現象で過形成となる反応性過形成と、特に誘因なく生じる特発性過形成がある。いずれも年齢相応の組織像の胸腺がそのまま大きくなる。リンパ濾胞性胸腺過形成は、胸腺腫を合併しない重症筋無力症の半数以上に認められる他、種々の膠原病や動脈炎、橋本病などに合併する。組織学的に活性化された胚中心を伴うリンパ濾胞が存在することを特徴とし、胸腺の形や大きさは正常、異常いずれもある。

胸腺腫

胸腺はTリンパ球のイメージが強く、胸腺上皮と言われてもいまいちピンとこないものである。胸腺上皮細胞は、胸腺の皮質、髄質双方に分布し、組織の骨格形成を担うとともに、T細胞の主要な支持細胞として機能している。ターンオーバーの早い細胞であるため、腫瘍の発生母地となる。胸腺腫は組織学的な形態によってA、AB、B1、B2、B3の5種類に分類される。予後ときれいに相関し、A型が最も予後が良く、B3が悪い。通常何かしらの病態の分類を行うと、5種類もあればどれかの頻度が稀なことが多いが、胸腺腫ではいずれも10-20%台でそこまで大きなばらつきなく分類されるのが特徴である。A型は髄質上皮の性質を持つ細胞の密な増殖、B型は皮質上皮の性格を持つ細胞の増殖で、B1では多数の未熟Tリンパ球を伴い、B3では少ない。AB型はA,B双方の成分が種々の程度で混在する。基本的に顕微鏡で見ないと組織分類ができないが、一般的に高リスク群では辺縁に分葉状の突出を認めたり、内部に壊死や粗大石灰化を認めたり、ADC値が低いなど、一般的な悪い奴に共通する特徴を有する。ハイリスク群というだけあって、癌ではないものの胸膜播種をきたす。

(図3-5-1 胸腺由来の上皮性腫瘍)

胸腺癌

胸腺上皮の悪性転化と言ってもどんな形態になるかイメージしづらいが、扁平上皮癌から腺癌、粘表皮癌、淡明癌、肉腫様癌など、節操なく多彩な癌腫の形態を呈する。とはいえ約70%が扁平上皮癌であり、胸腺癌自体が頻度が低いため、扁平上皮癌以外はそこまで気にする必要はない。

悪性リンパ腫

胸腺は骨髄とならび、リンパ球が分化する一次リンパ組織であり、リンパ腫の発生母地となる。縦隔のリンパ腫の組織型分類を見ると、毎度のことながらうんざりするほどの種類が並んでいる。胸腺での主要な組織型は、縦隔原発大細胞型B細胞リンパ腫(PMBL)、Tリンパ芽球性リンパ腫(TLL)、Hodgkinリンパ腫の3つであり、この3種類はおさえておきたい。

PMBLは、硬化性間質を伴ったDLBCLである。胸腺はTリンパ球分化の場であるが、B細胞リンパ腫も発生する。硬化性間質を有するために硬く、周囲組織を圧迫、浸潤する。半数程度で内部に壊死が見られるなど、あまりMLらしくないのが特徴であり、診断はなかなか難しい。TLLは胸腺の未熟Tリンパ球を正常対比細胞とするリンパ腫であり、イメージしやすい。極めて悪性度が高く、数日の経過で急速な増大を示す。Hodgkinは結節硬化型が典型で、分葉状の腫瘤を形成する。その他、シェーグレンなど自己免疫疾患を背景とする節外性濾胞辺縁帯リンパ腫(MALTリンパ腫)がある。

胚細胞腫瘍

胚細胞腫瘍は、将来様々な臓器に分化する始原胚細胞に由来する腫瘍である。生殖器に発生するものと、胎生期の初期に始原胚細胞が正中を移動する際にたまたま遺残してそれが発生母地となる性腺外発生とがある。性腺外発生では縦隔が最多であり、半数程度を占める。ついで後腹膜が30%前後、その他は仙骨や脳などである。体の正中部に遺残するなら、もっと色んなところにできてもいいんじゃないのと思うが、胸腺が産生するKIT ligandが遺残胚細胞の生存や増殖に関与しているようである。同じく胎生期に移動する組織の遺残・迷入により生じるもので有名なのが前腸嚢胞であり、後ほど解説する。胚細胞腫瘍の発生場所や組織型は、年齢と性別に大きく左右される。小児期では半数以上が性腺外発生であるのに対し、成人以降は大部分が性腺発生となる。小児期では半数以上が奇形腫、残りが卵黄嚢腫瘍に奇形腫成分を伴ったり伴わなかったりとなる。成人男性ではセミノーマ、奇形腫、その他が1/3ずつと、かなりばらけた結果となる。一方成人女性では90%以上が奇形腫で、残りがその他となる。縦隔腫瘍で奇形腫以外の胚細胞腫瘍を疑う機会は多くないが、年齢、性別に応じて判断することが重要である。

神経原性腫瘍

『神経鞘腫などの神経原性腫瘍』とよく記載するが、神経鞘腫以外のやつを正直あまりよく知らない疾患群である。神経鞘腫のほか、末梢神経由来の神経腫瘍として神経線維腫、悪性末梢神経腫瘍がある。神経線維腫は他部位発生例と異なり線維性被膜に覆われ、神経鞘腫と類似する場合がある。交感神経腫瘍として分化度が高い順に神経節細胞腫、神経節芽細胞腫、神経芽腫があり、主に乳幼児~小児期に発生する。傍神経節腫(paraganglioma)は神経細胞の集合体である傍神経節に発生する腫瘍である。前~後縦隔のいずれでも発生しうる。非機能性も多く、診断が難しい場合もある。決め手に欠けることも多いが、境界明瞭な多血性腫瘍や、神経線維腫症など家族歴がある場合には疑おう。

嚢胞性病変

縦隔の嚢胞を個別に書くとキリがないので、前腸嚢胞を中心に記載する。胎生期に形成される前腸は、縦隔内を下降しながら呼吸器、食道~十二指腸、肝、膵など幅広い臓器を形成する。この過程で前腸が迷入して形成されるのが前腸嚢胞である。嚢胞の名称は、嚢胞を形成する組織に由来する。縦隔の先天嚢胞で最多なのが気管支原性嚢胞である。単房性で内容物は漿液性からかなり蛋白濃度の高い粘液性まで幅広い。他、食道壁内や壁近傍に形成される食道嚢胞、後縦隔に形成される気管食道嚢胞、胃腸管嚢胞などがある。他、縦隔嚢胞として、胸管由来の胸管嚢胞、胎生期の胸腺原基の遺残に起因する胸腺嚢胞、胸腺の炎症により後天性に形成される多房性胸腺嚢胞、心膜の形成異常あるいは原基遺残による心膜嚢胞などを挙げることができる。鑑別として気を付けたいのが充実性腫瘍の嚢胞変性や出血であり、Antoni B型主体の神経鞘腫が有名なほか、嚢胞変性しやすいMALTリンパ腫、出血の目立つ異型カルチノイドや胎児性癌などが挙がる。嚢胞壁の性状や内部の充実成分にも注意したい。

縦隔病変の鑑別診断リスト

以上の事項を踏まえ、縦隔腫瘍の鑑別を『境界明瞭平滑、内部均一な比較的よさそうな充実腫瘍』、『辺縁不整や周囲への浸潤、内部壊死など、悪そうな充実腫瘍』、『嚢胞性腫瘍』の3つに分けてそれぞれ図にまとめる。

(3-5-2 縦隔病変の鑑別診断: 境界明瞭平滑、内部均一な比較的よさそうな充実腫瘍)

(3-5-3 縦隔病変の鑑別診断: 辺縁不整や周囲への浸潤、内部壊死など、悪そうな充実腫瘍)

(3-5-4 縦隔病変の鑑別診断: 嚢胞性腫瘍)

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この記事を書いた人

30代医師。放射線画像診断をやりながら病理診断もしています。

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