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2-2. 甲状腺【画像診断随筆】

甲状腺は胸部の撮影で一部あるいは全部が撮像範囲に含まれる。また頚椎MRIでも撮像範囲に含まれ、含まれたからには読影する必要がある。偶発的に腫瘤状構造が見つかることが多く、CTやMRI上は質的な評価が困難であるため、見つけたからには基本的にまずUSでの精査を行う。フットワークの軽い病院だと、午前中のCT読影で指摘した甲状腺の低吸収域の精査が昼前後にはUS検査に回ってくることもあり、まあ患者にとっては良いことだと思う。

目次

甲状腺の特徴

甲状腺病変の質的診断に対し単純CT、単純MRIで寄与できることは限られており、日頃の画像診断で甲状腺疾患について深く考える機会は少ない。これを機に少し甲状腺のことを学んでおこう。甲状腺は小さい臓器ながら、そのビジュアル面で中々キャラが立っている臓器である。組織学的には濾胞上皮細胞に覆われた大小のコロイド濾胞の集簇からなり、肉眼的にはちょうど”からすみ”のような独特の半透明な褐色調を示す。このコロイドは、造影剤でお馴染みのヨウ素を含むことから、甲状腺は単純CTで骨・石灰化を除き吸収値100HU以上を示す唯一の臓器である。質的診断のためのゴールドスタンダードはUSであり、CT、MRI、PETの役割は転移の検索などごく限定的である。また組織学的診断には針生検ではなく、専ら細胞診が行われる点も特徴的と言える。

甲状腺の形態

甲状腺のサイズや形状は個人差が大きい。典型的には右葉と左葉の間に峡部のあるH型、蝶型の形態を示す。40-50%の人に、左葉正中よりから頭側へ角のように伸びる錐体葉が認められる。また約13%で峡部がなく、二分甲状腺と呼ばれる。一般に男性の方が喉頭の位置が低い。下極が鎖骨下に位置し、長軸方向の走査で全体像の描出が困難な場合がある。大きさは側葉で長さx幅x厚さ:4x2x1cm、峡部で厚さ2mm前後である。年齢、性別、個体差があるものの、幅20mm、厚さ15mm、峡部4mm以上あれば腫大とする。

なお甲状という名称は、古代ギリシャで用いられた楯と喉仏の形状が類似していたことから、2世紀ローマの医師ガレーノスが甲状軟骨と命名した。甲状軟骨に隣接した臓器であることから、Wharton管でおなじみのWhartonにより17世紀に甲状腺と名付けられた。すなわち甲状なのは甲状軟骨であり、甲状腺は甲状ではない。ちなみに”喉仏”は欧米では”アダムの林檎”と呼ばれており、東西どちらも宗教にちなんだ命名なのはちょっと面白い。

甲状腺エコー

日常的にエコーで評価するのは、①びまん性の甲状腺腫大の精査、②局在病変の精査、が主である。

エコーで甲状腺を診る際、まずは短軸像で甲状腺両葉を描出し、両葉と峡部のサイズを計測する。2画面でそれぞれ同じ高さの右葉と左葉を描出し、『2枚並べると1枚の絵になる表紙』のような絵を保存するのが一般的である。上記の通り、幅20mm、厚さ15mm、峡部4mm以上あれば腫大とするが、個人差が大きいため、微妙なサイズオーバーの時の表現に迷う。明らかに腫大しているときは自信をもって腫大と表現するが、1,2カ所ちょっとサイズオーバーしているときは、体積も考慮してわずかな腫大と表現したり、微妙な場合はスルーする場合もある。甲状腺内部は、正常であれば比較的均一に分布する濾胞により散乱し、均質な淡い高エコーを示す。短軸方向、長軸方向の走査を組み合わせながら、甲状腺全体の性状、血流を評価していく。

甲状腺のびまん性病変

びまん性の甲状腺腫大の原因として多いのが、慢性甲状腺炎(橋本病)とBasedow病である。橋本病では、自己免疫性機序による慢性炎症により、濾胞は崩壊・萎縮し、濾胞間にはリンパ球や形質細胞を主体とする炎症細胞浸潤や線維化が見られる。肉眼的に甲状腺は対称性に腫大し、分葉化が明瞭となる。濾胞が減少し、血流も減り、炎症細胞が浸潤することで白色調を呈する。均質に分布する濾胞構造が破壊され、炎症細胞浸潤や線維化などに置換されると、基本的に正常像と比べエコーレベルは低下する。橋本病のほか、無痛性甲状腺炎、アミロイド甲状腺腫などでも内部は不均質な低エコーを示す。橋本病での甲状腺の血流はTSHと相関する。病態の進行で甲状腺機能が低下しTSHが上昇すると血流が増加し、Basedow病と類似する。内部に結節様構造を伴う場合がある。なお濾胞の減少により、CT上の吸収値も低下する。Basedow病は抗TSH受容体抗体や刺激抗体により甲状腺の過形成を来す疾患である。濾胞の大小不同が目立ち、元気になりすぎた濾胞上皮は濾胞内腔に向かって乳頭状に突出する。コロイドが濾胞外に漏れ、リンパ球浸潤をきたす。甲状腺は対称性に腫大し、ただでさえ豊富な血流(甲状腺の重量あたりの血流量は腎の約2倍、脳と同等)はさらに増え、割面は赤色調を示す。血流増加と濾胞の過形成による腫大のため、甲状腺は軟らかく無痛性である。Basedow病での血流増加は特に上甲状腺動脈で目立ち、bruitを聴取することもある。内部エコーレベルは正常~軽度低下する。エコーレベル低下の機序は、リンパ濾胞や甲状腺内に増生した毛細血管などが考えられる。

他、びまん性病変をきたす病態として、悪性リンパ腫、アミロイド甲状腺腫、亜急性甲状腺炎などがある。悪性リンパ腫は橋本病の経過中に出現する場合もあり、経時的変化にも注意が必要である。

このように、甲状腺のびまん性病変では、エコーで内部性状と血流の程度を見つつ、組織像に想いを馳せながら観察と診断を進める。描出が容易で臓器も小さい分、じっくり考える余裕があるのが甲状腺エコーの良い点である。

甲状腺の結節性病変

画像検査で甲状腺に結節状の低吸収域が認められることは日常茶飯事であり、CT、MRIで16-25%程度、PET-CTでは約1-2%で認められると報告されている。CT、MRIで見つけた結節に対し、質的に言及できることはわずかである。悪性を示唆する所見は、FDG-PETの集積のほかは、被膜外への浸潤と頸部リンパ節腫大のみである。『そりゃ流石に悪性腫瘍を疑うよね』という所見以外は、結節内部が不均一に増強されようが、境界が多少不整だろうが、出血が混じっていようが、石灰化があろうが、良悪性の判別には使えない。

偶発結節を見つけた場合、USでの精査を進めることになるが、ご存じの通りその結節が悪性腫瘍である確率および予後に関わる確率は非常に低い。5mm以上の結節が見つかった時の悪性の頻度はわずか1.6%と言われている。さらに、悪性であっても、1cm以下のいわゆる“微小癌”は増大することは稀でほとんどが進行しない。3cm未満の悪性腫瘍の10年(5年ではない)生存率は99.4%と極めて良好であり、結節の精査には費用対効果を考慮する必要がある。甲状腺悪性腫瘍の頻度は若年者でより高いことを踏まえ、35歳未満では1cm以上、35歳以上では1.5cm以上の結節に対して、USでの精査を行うことが推奨されている。

良く見つかる結節は、濾胞腺腫と腺腫様結節である。嚢胞も高頻度に見つかるが、この2つが嚢胞変性したものである確率が高い。なお、充実性結節、嚢胞の内部濃度は様々であり、造影CTで嚢胞状の低吸収に見えた病変が意外と充実性であったり、その逆のパターンもよく見られる。普段の見え方がこんなものだから、甲状腺結節の実像について中々イメージが湧きづらいので、組織像を学んでおこう。

濾胞腺腫は濾胞上皮細胞由来の腫瘍であり、いわゆる『腺腫』である。剖検例の3-5%という高頻度で認められる。厄介なことに、濾胞腺腫と腺腫様結節は、組織学的にもしばしば鑑別が難しい。どちらも濾胞上皮に由来する良性腫瘍であることから、形態が類似する。腺腫様結節は過形成性の病変である。過形成性変化により甲状腺全体が腫大した状態を腺腫様甲状腺腫と呼ぶ。名前に2回も『腺腫』と付くが腺腫様甲状腺腫は腺腫ではない。ついでに言うと前述の通り『甲状』でもない。美川憲一がさそり座でも女でも無いのと同じようなものである。上皮細胞由来の過形成性病変と良性の腫瘍性増殖は、往々にして肉眼的形態や画像所見、時に組織所見もが類似し、鑑別が難しい場合がある。肝臓における腺腫と限局性結節性過形成(FNH)、大腸の過形成性ポリープと管状腺腫、前立腺の結節性過形成と前立腺腺症〜上皮内腫瘍などがそれに当たる。マッチョの中でも、自力で鍛えたナチュラルマッチョ(過形成)か、ステロイドをふんだんに使用したドーピングマッチョ(異型増殖)があるが、マッチョはマッチョであり、目視での判別は難しい。甲状腺も例に漏れず、両者の区別は難しい。一応、腺腫は腫瘍性に増殖するため膨張性の形態を示し、比較的明瞭な被膜を有するなど、いくつか鑑別点があり、こういったなけなしの所見を拾い上げて鑑別を進めていく。

更には、甲状腺癌の9割近くを占める乳頭癌も、画像のみならず組織像も時に類似する。乳頭癌は濾胞癌と同様に濾胞細胞由来の癌だが、発生機序は他の癌と比べて割と特殊である。若年の頃から微小な乳頭癌が一定の割合で発生し、微小癌のまま不発弾のように甲状腺内に埋伏し、多くの場合そのまま一生を終える。増大や転移をきたす乳頭癌はごく一部である。近年は過剰診断、過剰治療が問題視されており、低リスクの微小乳頭癌に対しては経過観察が行われる。

TI-RADS

結節性病変の質的評価のためのエコー検査には、米国放射線医学会がTI-RADS(Thyroid Imaging Reporting & Data System)が指標として提唱されている。この『なんとかRADS』は色んな臓器について作成されているが、パイラッズだのライラッズだの何かと音が似ていて、口頭で聞くと非常に紛らわしい。普段メインで診療する臓器以外までは手が回らないのが現状だが、本稿を機に多少はキャッチアップしたいところである。

詳細はTI-RADSで検索すれば原著を無料で読むことができるので省略するが、要点をまとめると以下のとおりである。所見カテゴリーとしてcomposition(内部構成が充実性か嚢胞性か。充実成分が多いと悪性の疑いが高まる),echogenicity(内部エコーレベル、低エコーは悪性をより疑う),shape(縦径>横径だと充実性、膨張性の腫瘤であることを示唆。乳腺USでも同じ),margin(境界不整や突出像は悪性を示唆),echogenic  foci(石灰化。辺縁石灰化や点状石灰化は悪性の可能性を示唆)これらの項目について各所見ごとに点数がつけられており、合計点数が高いほど悪性の疑いが高まる。この合計点数と結節径から、FNAを行うか経過観察かを判定する。

重要なのはcompositionで、内部がcystic or almost completely cysticもしくは多数の小嚢胞からなるspongiformの場合、他の所見に関わらず良性と判定される。基準を全て頭に入れておいて検査をするのは相当な熟練が必要だと思うが、評価する所見はいずれもエコーで結節性病変を見た際の一般的な評価項目であり、普段通り所見をとり、後でじっくり考えればよい。

おわりに

以上、甲状腺結節について長々と記載したが、書けば書くほど濾胞腺腫、腺腫様結節、それに高分化型の乳頭癌と濾胞腺癌は画像上の鑑別は困難であり、指針に基づき必要な症例をエコーで精査するのが第一である。CT、MRIで甲状腺結節を見つけた時の苦手意識が少しでも解消できれば幸いである。

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この記事を書いた人

30代医師。放射線画像診断をやりながら病理診断もしています。

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