第3部 胸部
頭、頸部ときて、次は胸部である。胸部は肺、縦隔、心臓と画像診断で重要な領域が多く、それぞれパートに分けて解説していく。
『レントゲン』と聞くと、多くの人は胸のX線写真を思い浮かべるのではないだろうか。肺の画像診断は、X線を用いた診療の中で最も歴史の深い領域の一つである。1895年にレントゲン博士がX線を発見して以来、20世紀初頭には一通りのX線画像診断が確立された。その後CTが主流となるまでの3/4世紀くらいは、この胸の写真一枚を日がな一日じっくり眺め、診断を行っていたわけである。今では厚さ1mm前後の高精細なHRCTを用いた画像診断が主流となっているが、肺の所見の名称には専らX線写真時代と同じ用語が用いられる。すりガラス影、粒状影、網状影など、他の領域には無い多様で独特の用語があり、1枚のX線写真から診断するために当時の放射線科医が如何に真剣に所見を拾い上げていたか、想いを馳せることができる。逆に言えば肺はそれだけ、その絶妙な透過性によりX線写真で質的な診断に至ることができる臓器と言える。3-6億個と言われる肺胞が敷き詰められた上質なスポンジのような臓器であり、細かい泡粒の塊のような構造の、泡粒の中身や泡の壁構造の変化が画像に如実に反映される。
肺の構造
肺の画像所見を述べるうえで、肺の構造、とりわけサブマクロレベルでの理解が重要である。細気管支が分岐し、末梢の肺胞に至る様子をイメージしよう。細気管支の枝の先に、ブドウの房のように肺胞がついているイラストを見たことがあると思う。わかりやすいイラストだが、肺の構造の理解には十分ではない。実際の肺では、その肺胞の周囲にも近傍の気管支や、小葉間隔壁を挟んでやや離れた気管支に由来する肺胞が敷き詰められており、コップの中でシャボンをぶくぶく膨らませたように、全体が肺胞(+α)で充満した状態となっている。様々な気管支に由来する肺胞が様々な方向を向いて接しあっている複雑な立体構造を、CTもしくはプレパラート上では一平面としてみているのである。画像や組織を見る際には、常に立体物の一平面をとらえているという認識をする必要があり、肺の場合はそれが特に重要である。
身近にあるもので肺胞の構造に近いものと言えば、もちろんブロッコリーである。西鉄ストアで買ってきたブロッコリーを拡大してみると、まさに教科書でみるような呼吸細気管支末端の肺胞のような構造をしている。これを普段料理で絶対しない様な切り方で、接線方向に近い角度で表面浅くに切れ込みを入れる。まな板の上にブロッコリーの粒がものすごく散らばってしまったが、この割面に見られる構造が、普段CTやプレパラート上でみる肺の構造である。同じ茎(気管支)から分岐した房の断面に接する形で、異なる茎からの房の一部が敷き詰められている様子が見て取れる。
(図3-1-1, 肺胞構造に見立てたブロッコリー)
ちなみにブロッコリーと粒は、この後まとめてトマト煮の具材となっているので安心していただきたい。
肺病変の所見用語
続いて、肺病変の所見用語について、肺の構造とともに解説する。
consolidation
consolidationは、肺の血管陰影を不明瞭化させるほど濃度の高い陰影と定義される。浸潤影と同義とされることもあるが、浸潤(infiltrate)というのは元々病理学の用語で、肺炎の際に炎症細胞が浸潤する様子から名づけられている。現在は、浸潤影という表現は適切ではなく、画像所見に対してはconsolidationを用いる、という流派で育ったため、自分は専らconsolidationと表現している。浸潤影という表現を使用する医師もまだまだ多い。すりガラス影と並び使用頻度の高い所見である。中々使い勝手の良い用語であり、べたっとした濃い陰影であればとりあえずconsolidationと表現しておけば間違いはない。肺炎に対して使用されることが多いが、肺癌を疑うような腫瘤状陰影もconsolidationである。ある程度しっかりした腫瘤であれば腫瘤影といえばいいが、腫瘤か肺炎か微妙な時は(こういうパターンも結構ある)『不整形consolidation』という便利な表現がある。consolidationの領域では、組織学的には肺胞内の含気がほぼ消失し、何かで充満した状態となっている。活動性の細菌性肺炎で膿瘍と滲出液で充満していたり、びまん性肺胞障害により浸出液や線維で充満していたり、腫瘍細胞の増殖により充満していたりというパターンである。ちなみに無気肺とは区別するが、両者が混在して厳密な区別が難しい場合もある。
すりガラス影
すりガラス影(Ground-glass opacity)は、内部の血管陰影が透過できる淡い陰影である。consolidationと同じく、頻繁にみられる所見であり、肺炎、腫瘍性病変いずれでも認められる。consolidationでは肺胞内が何かでほぼ充満した状態となっているのに対し、すりガラス影の領域は、肺胞内に何かが『程々に』溜まっている状態である。肺炎の経過で、膿瘍が溜まりかけもしくは吸収過程の状態、陳旧性の炎症性変化で、肺胞内に程々に線維が見られる場合、肺胞上皮の腫瘍性増殖により肺胞の含気が少し低下した状態など、それぞれ異なる病態でも、同じような画像所見を呈する。すりガラス影にはごく淡いものから、consolidationと迷うくらい濃いものまで含まれる。陰影の形態と同じく、濃度も診断に重要な所見である。
Consolidationとすりガラス影はあくまで陰影の濃度のみに着目した所見であり、上記の通り全く異なる病態でも同じような陰影を呈することがあり、両者が混在することも多い。『○○にconsolidationとすりガラス影を認めます』とだけ記載しても漠然としすぎていて、画像診断としては不十分である。後に記載する他の所見や、陰影の形態についても適切に記述し、何を示唆する所見なのかを述べる必要がある。具体的には炎症性病変と腫瘍性病変どちらが疑わしいのか、炎症であればどういった病態が考えられるのかという点については、特に可能な限り踏み込んで記載したい。
線状影・索状影
肺に直線状の陰影を認める機会はとても多く、線状影もしくは索状影と表現する。多くは陳旧性炎症性変化や、炎症に伴った限局性の無気肺と考えられる。線状影は厚さ1-2mmの細い陰影に対して用いるのに対し、索とは綱を意味する漢字であることから、もっと太い病変に対し用いる。索状影は厚さ2-3mm程度、長さ5cm程度までの不整形陰影で、周囲の肺実質や気管支血管束の歪みを伴うものに用いるとされている。
小葉間隔壁肥厚・網状影
小葉間隔壁の肥厚と網状影も何かと混同しやすい所見である。小葉間隔壁に触れる前に、肺小葉の構造と、肺の間質について簡単に触れておこう。肺小葉とは複数の肺胞が集まった1-2mm程度の構造で、肺小葉が数個~十数個集まって1-2cm大の二次小葉が構成され、二次小葉を境する構造が小葉間隔壁である。肺動脈は気管支と並走する一方で、肺静脈は小葉間隔壁に沿って走行する。この関係性は肝小葉における門脈域と中心静脈に類似する。肺の間質には狭義と広義があり、狭義では肺胞壁と毛細血管のみを指す。広義では、気管支血管束、小葉間隔壁、胸膜を指し、これらはリンパ路の分布と一致する。なお肺実質とは肺胞内の空気そのものを指し、中々哲学的である。
小葉間隔壁の肥厚は、通常は静脈路、リンパ路のうっ滞により細かな網目状構造として描出される。教科書的には肺水腫や非感染性病変を示唆する所見とされているが、背景に心不全のある高齢者の肺炎には高率に肺水腫を合併するため、感染性病変にも認められる。さらには、COVID-19肺炎も、ウイルスに対する反応として間質内の炎症反応により間質が肥厚し、小葉間隔壁の肥厚を認める。一方の網状影は、気管支や肺血管、小葉間隔壁などの肺の既存構造と関連のない線状陰影の集合であり、小葉間隔壁の肥厚とは区別する。慢性炎症や肺の構築の破壊などの結果として生じた線維性変化を反映した所見であり、主に間質性肺炎による線維化に対し用いる。
(図3-1-2, 肺病変の所見の名称)
気管支
肺病変を見る際、病変内や近傍の気管支の所見も重要である。気管支は、異物たっぷりの外気と常に直接接する言わば防衛の最前線であり、感染性肺炎(経気道感染)では、肺胞内だけでなく、空気の通り道である気管支も炎症の主座となる。気管支内壁の呼吸上皮とその直下の粘膜固有層、気管支腺が存在する粘膜下層は、急性炎症に伴い、炎症細胞浸潤と共に浮腫状に膨隆し、画像上は気管支の壁肥厚として描出される。知識として知っていても、気管支壁肥厚を正確に指摘するのは難しい。気管支は通常、並走する肺動脈とほぼ同じ径である。気管支拡張は、並走する動脈の1.3倍以上の径と定義される(signet ring sign)。気管支壁肥厚の壁の厚さについては正確な定義は存在せず、主観的な評価となる。中枢側から少し離れた気管支では通常は壁が殆ど認識できないが、しっかり認識できる場合は肥厚を疑う。同一断面であっても中枢からの距離は気管支によって異なるので、中枢から連続性に見て判断する。気管支壁肥厚を伴うかどうかで、活動性肺炎か器質化肺炎をある程度判断することができる。
気腫、ブラ、嚢胞
1mmのCT断面でも、その厚さの中には数~十数層の肺胞が含まれており、その平均がCT値としてあらわされる。一見低吸収な肺野でも、肺胞壁や隔壁の濃度が混在している。通常の肺野と気腫を明瞭に区別できるのはそのためである。肺に気腔を認める際の用語はいくつかあり、使い分けが難しい。
肺気腫は、主に喫煙により、細気管支や肺胞が断裂して数mmから数cmの気腔が形成された状態である。壁は拡張した肺胞壁であるため、通常は描出されないが、慢性炎症による線維化で壁が厚くなることもある。また加齢によって肺胞の断裂なしに気腔が拡張し、透過性が低下する。老人肺と呼ばれ、肺気腫とは区別する。
ブラ、ブレブはともに胸膜直下に形成される気腫性嚢胞である。どっちがどっちだったかわからなくなる病態ランキングの常連だが、幸い画像上は両者の判別は不可能なため、ブラ・ブレブ含めてブラと呼ぶ。一応組織学的には、ブラは胸膜直下の肺実質内に形成される嚢胞、ブレブは胸膜内に形成される嚢胞と定義されている。いずれも肺胞の破壊により形成され、背景に肺気腫があることが多い。肺気腫との違いは、ブラ・ブレブでは膠原線維からなる嚢胞壁がはっきり認められる点である。やせ型の若年男性の気胸の原因となるのは、ほとんどがブレブの破裂である。
肺嚢胞は、径1cm以上で薄い壁(1mm未満)を有する気腔と定義される。肺尖部以外で、内層に存在するものに対して使用する。リンパ脈管筋腫症でみられることが有名なほか、時々孤在性にも見られる。1mm以上の厚さの不規則な壁を持つ病変は、空洞性病変と呼ぶ。
結節影・腫瘤影
結節状病変のサイズによって名前が変わるのは肺特有であり、他の臓器で、例えば3cm未満の結節性病変を見つけた時には結節と呼んでも腫瘤と呼んでもどちらでもよい。肺の場合は3cm以下が結節影、3cmを越えると腫瘤影だが、3cmが以下だったか未満だったかがよくわからなくなる(曖昧3cm)。粒状影、小結節影、微小結節影などは、サイズによる厳密な定義はないが、一般的に粒状影は1-3mm程度の陰影が散在性、集簇性に見られるときに用いられる。1cm以下の結節を小結節、3mm以下の単発結節を微小結節影と呼ぶことがある。結節性病変の解釈については次章で述べる。
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