血管の破格は全身でみられ、胎生期の動脈網の退縮過程における差異により形成される。発生学と密接に関わる領域であり、破格の知識が増えた後に発生学を復習するとさらに楽しめるはずである。頭頸部領域は、急性期脳血管病変の診療で必ずと言ってよいほどMR angiographyやCTAが施行されるため、全身の血管の中でも特に読影する機会が多い。診断や患者の予後に直結することは少ないが、手術や血管造影の手技に影響する場合があり、破格の知識はあるに越したことはない。破格の中でも比較的よくみるものから、たまーに見るもの(頻度が0.1%程度)くらいまでのものを紹介する。
なお本項は、私の先輩にあたる内野晃先生のライフワークといえる名著『知っておきたい頸部~頭部動脈破格 MRAとCTAの読影が楽しくなる!』で学んだ内容が主となっている。タイトルの通り、頭頸部血管の破格を学ぶことでMRAとCTAの読影が劇的に楽しくなり、読影に深みが増し、診断力向上に間違いなく貢献している。皆さんにも是非勉強していただきたい。
大動脈弓部~頸部三分岐
脳血管の話に大動脈弓部から入れるべきか迷ったが、後回しにすると忘れそうなので、上行~脳血管までを含めてここで記載する。大動脈弓部からはご存じの通り、近位より腕頭動脈、左総頸動脈、左鎖骨下動脈が分岐する。
大動脈弓の破格として、右側大動脈弓がある。
(図1-4-1, 重複大動脈弓)
胎生初期には重複大動脈弓が存在し(図)、正常では区域Aが萎縮し、左側大動脈弓と正常な頸部三分岐が形成される。区域Bが萎縮すると左側大動脈弓と異所性右鎖骨下動脈(左鎖骨下よりも遠位から分岐)となる。区域Cが萎縮すると右側大動脈弓と異所性左鎖骨下動脈となる。右大動脈弓は人口の0.05~0.1%に認め、右大動脈弓の50%に異所性左鎖骨下動脈を認める。区域Dが萎縮すると、正常像とは鏡像関係を示し、右側大動脈弓と三分岐(左腕頭動脈,右総頚動脈,右鎖骨下動脈の順に分岐)となる。この型は先天性の心疾患を合併することが多い。右側大動脈弓のうち、区域Cの萎縮のタイプをB型、区域Dの萎縮のタイプをA型と呼ぶ。
弓部~頸部の血管で注意したいのは、動脈と静脈で形態がかなり異なるという点である。動脈と静脈は基本的には並走し、名前も同じであることが多いが、体の中枢側ではこの法則が当てはまらない場合がある。
内頸動脈~総頸動脈の横を並走するのが内頸静脈である。総頸動脈のレベルになっても内頸静脈のままなので注意が必要である。じゃあ外頸静脈はどこに行ったかというと、頸部の表在性の細い静脈として存在しており、下方で前頸静脈、頸横静脈などと合流し、鎖骨下静脈に流入する。そのため総頸静脈は存在しない。両側で、内頸静脈と鎖骨下静脈が合流し、腕頭静脈が形成される。静脈では左右の腕頭静脈が存在することとなる。腕頭静脈は気管右側で合流し、上大静脈となる。
頸部静脈の破格として、0.3-0.5%の頻度で左上大静脈遺残が見られる。知らずに左頸部経由でCVカテーテルを挿入して胸部Xpを撮ると『血管を貫いたか⁉』とパニックになってしまう恐れがあり、読影で見つけたら必ず指摘しておこう。左上大静脈は冠状静脈洞に注ぐことが多いが、右房直前で右上大静脈と合流するパターンなどもある。
頸部分岐の頻度の高い破格として、左総頚動脈腕頭動脈起始(頻度約5%, アフリカ系に多い)と左総頚動脈と腕頭動脈の共通起始(頻度約5%)がある。
(図1-4-2, 頸部分岐の破格)
両者は微妙な差異であり、混同されることが多い。Bovine arch(牛の大動脈弓)と呼ばれるが、実際の牛の大動脈弓とは形態が異なり、正確な表現ではない。血管造影の際に経大腿動脈経由で左総頸動脈を選択することが難しく、右上腕・橈骨経由の穿刺が推奨される。他、異所性右鎖骨下動脈(頻度0.5%)が単独でも生じ、時に両側総頚動脈幹を合併する(約0.2%)。異所性鎖骨下動脈分岐部の拡張をKommerell憩室と呼ぶ。食道背側を走行し、通過障害の原因となりうるが多くは無症状である。
(図1-4-3, 異所性右鎖骨下動脈とKommerell憩室)
総頸動脈~内頸動脈
通常はC4のレベルで総頸動脈から内頸・外頸動脈に分岐する。内頸動脈は後方やや外側に向かって分岐し、分岐部には生理的な軽度の拡張がみられる。C3以上で分岐すると高位、C5以下だと低位分岐である。動脈硬化により後天的に内頸動脈が屈曲、蛇行し、走行異常を示すことがある。血管が咽頭後間隙に及んで咽頭部違和感の原因となる場合があり、頸部精査のCTでは内頸動脈の走行にも注意する。成人例が一般的だが、DiGeorge症候群では小児例もある。
内頸動脈
遺残舌下動脈(頻度0.1%)、遺残三叉動脈(頻度0.3%)がある。遺残舌下動脈は内頸動脈近位部から分岐し、硬膜を貫き椎骨動脈末端部と吻合する血管である。内頸動脈から分岐するのが通常だが、外頸動脈から起始するものもある。遺残三叉動脈はサイフォン前~サイフォン部と、脳底動脈遠位とを吻合する血管である。遺残舌下動脈とやっていることは似ているので、異常血管の分岐部、吻合部の位置を正確に確認する。
(図1-4-4, 遺残舌下動脈と遺残三叉動脈)
両者どちらでもない異常血管はかなり珍しい破格であり、正式名称を調べ上げてレポートに記載しよう。血管の窓形成(fenestration)は脳血管の様々な部位でみられるが、内頸動脈では床上部に多い。乱流によるアーチファクトを来しやすい部位であり、鑑別を要する。頸部内頸動脈に認めた場合には解離との鑑別が必要である。
眼動脈の破格
通常、眼動脈は床上部から起始する。MRAでは起始部しか描出されない場合も多く、動脈瘤と間違えないようにする。眼動脈のサイフォン部からの起始が頻度0.4%程度で見られる。右側に多く、通常は視神経管を通るところを上眼窩裂を通って眼窩に入る。また、中硬膜動脈から起始することも1%程度に見られ、この場合も上眼窩裂を通って眼窩に入る。
後交通動脈
後交通動脈は、細く描出されるかほとんど描出されないことが多いが、後大脳動脈P1が欠損することでPCAが内頸動脈から血流されるパターンを胎児型(fetal type)後大脳動脈と呼ぶ。よく見る破格であり、頻度は約4%である。P1の低形成でも胎児型と呼ぶ。ほとんど描出されない後交通動脈の分岐部漏斗状拡張と動脈瘤との鑑別が困難なことがある。
中大脳動脈
内頸動脈からの分岐後がM1、シルビウス裂部での分岐部以遠がM2である。M1-M2分岐部は動脈瘤の好発部位として知られる。重複中大脳動脈が2%程度でみられる。通常、太い方と細い方があり、太い方を本来のMCAとする。近位側から細いMCAが分岐し、通常は側頭枝のみ栄養する。1cm以下の短いM1の場合、早期二分中大脳動脈と呼ぶ。
前大脳動脈
前大脳動脈A1の欠損は約5%と高頻度に認められる。対側のACA-Acom分岐部には両側分の負荷が加わり、動脈瘤発生が多い。他、三分岐前大脳動脈が約3%、A2が一本のみの奇前大脳動脈が約2%に見られる。ACAはこのように結構大胆な破格がそこそこの頻度でみられるのが特徴である。
椎骨動脈~脳底動脈
椎骨動脈は通常それぞれ鎖骨下動脈から分岐後、第6横突孔に入る(ここまでがV1)。C7を飛ばしてC6に入るところに発生過程の神秘性を感じる。左椎骨動脈の大動脈弓直接起始は約4%に見られる。この場合、対側の椎骨動脈より低形成のことが多く、第5,4横突孔に入ることが多い。通常よりも血管が前方を走行するため頸部の手術時は注意が必要である。たまに左鎖骨下よりも遠位の大動脈弓(下行大動脈)から分岐することもあり、この場合第7横突孔に入る。
右椎骨動脈の右鎖骨下動脈近位起始は約3%に見られ、この場合第5,4横突孔に入ることが多い。頭蓋外椎骨動脈の窓形成は約1%に見られる。C1/2椎体レベル(V3)に好発する。後述の遺残第一分節動脈と正常動脈により動脈輪を形成したもので、頭蓋内と比べ大きな窓形成となる。一方、正常動脈が形成されない場合は、椎骨動脈がC1/2椎体レベルで硬膜内に入る異所性走行となる(遺残第1分節動脈、約3%)。MRA再構成像で左右差があるとわかりやすい。頸椎~頭蓋底の術前はちゃんと確認する。
(図1-4-5, 頭蓋外椎骨動脈の窓形成と遺残第一分節動脈)
頭蓋内の椎骨動脈では、約0.5%に窓形成を認める。PICAを含むことが多く、大きさは様々である。椎骨動脈末端部の低形成はしばしば見られる。通常は低形成の椎骨動脈はPICAで終わり、末端部が少しでも描出されたり、脳槽撮影で血管が存在する場合は後天的な閉塞と判断する。
PICA、AICAの形態は個人差が大きく、しばしば片方が大きいともう片方が低形成という相補性を示す。PICAが発達してAICAが低形成というパターンが多い。一方で、SCAは欠損することはない。脳底動脈の窓形成は約2%に見られ、多くは近位部で、AICAを含む傾向がある。PICAの頭蓋外起始は約1%に見られる。C1/2椎体レベルからの分岐と、大後頭孔レベルでの分岐とがある。
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